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last updated 1997/06/07

第23話(全130話)

エルモの森(2/2)




「驚かせてごめんなさい。あの、ぼく、ちょっときみたちに尋ねたい事があるんだ」
 出来るだけ声をひそめてピートは言った。大きな声を出したら、それだけで妖精たちが光の
粉になって消えてしまうと思った。それほど彼らははかなげな様子だった。何千という仲間た
ちが集まっているのに、かれらは一匹のウサギよりもオドオドとして見えた。
「きみたちには過去とか未来とかが見えるんでしょう? そういうものを見通す力があるって
聞いたんだ。だからきみたちにお願いしたいんだよ。ぼくの過去を見てくれない? ぼくね、
橋に昇ってね、そして川へと落ちちゃったんだよ。でもその後のことがわからないんだ。気が
ついたらここにいて、このヘンテコな鎧を着せられてた。いったいぼくに何が起こったのか、
きみたちにほんの少しだけ過去をみてもらえたらわかるんじゃないかと思うんだ。あの、いき
なりこんなお願いをしたりして変な奴だと思うだろうけど、でもぼくはとても真剣だよ。妖精
というのは言葉じゃなくて、直接心と交信するものなんでしょ? だから僕がいまどれほど困
ってて、どれほどきみたちの助けを必要としてるかが判ってもらえるよね。・・ぼくの心、き
みたちにちゃんと見えてる?」
 ピートは尋ねた。
 妖精たちは応えない。
 ただジッとピートをみつめている。
 その瞳にはどんな感情も宿っていないように見えた。ただ石のように固まって動かなければ
、この変な機械などすぐに消えてしまうだろうと、彼らはそう思っているのかもしれない。そ
れともヘンテコな機械がヘンテコな言葉で喋っているのを、世にも珍しい奇蹟のように思って
、それで圧倒されてしまっているのかもしれない。
 彼らの瞳からは何の感情も読み取れなかったから、ピートには彼らが何を感じているのかわ
かろうはずもなかった。考えてみれば、ピートにしても、いまは鉄の鎧を着せられているわけ
だし、表情だってまったくの無表情だろう。自分がどんな仮面を被せられているのか確認して
なかったが、手足や胴体の不恰好さから推し量れば、ただの円筒形に目鼻の代わりの丸い穴が
開いてるだけの、東洋の埴輪とかいう像みたいなものだろう。
 心と言うのは表情を通して覗き見るものなのかもしれない。だとしたら仮面を被ってるぼく
の心は妖精たちには見ることができないんじゃなかろうか。
 考えて、ピートは表情が駄目ならジェスチャーで心を伝えようと思い付く。ただ立ってるだ
けよりも、跪いたほうがいいかもしれない。他人に願い事をする時は、偉そうにふんぞり返る
のじゃなく、深く首を垂れるべきだ。ピートは短い蛇腹状の足をふたつに折り曲げて、苔むし
た地面に跪いた。ガシャンと膝が地面にあたって、思いの外大きな音が立った。同時に妖精た
ちがバッといっせいに飛び立ち、四方へ逃げ出して行く。それはピートの目に妖精の群れがい
きなり極限まで膨張して弾け飛んだようにも見えた。
「あ」
 ピートは間の抜けた声を上げた。
 自分の不用意な行いのせいで、たいせつなガラス細工の置物を壊してしまった幼子のような
絶望感に満ちた声だった。
 ピートは慌てて立ち上がると、考えるよりも早く逃げる妖精を追いかけはじめる。
 妖精が怖がるだろうとか、不安を与えないようにすべきだとか、そういうことは考えなかっ
た。ただ、いまここで妖精たちに去られてしまうわけにはいかないと必死だった。
 ガシャンドシャンと騒がしい音を響かせて追い掛けてくるピートから、妖精たちも必死にな
って逃げ回っている。
 その光景を一歩離れて見てみれば、森の中でロボットと妖精が戯れている、というようにも
見えた。どちらも必死の思いだったのに、それは傍観者の目には、長閑かで平和な絵のような
光景だった。
 森のそちこちから、冷静で表情を持たないはずのロボットが、どういう回路の故障かわから
ないけれど、何やら楽しげに妖精とジャレ合っている様子を小動物たちが不思議そうにみつめ
ていた。
 その中には目がカタツムリのように飛び出しているリスや、ヘビのように手足がなく、体を
くねらせて木に登るネズミのような顔の生き物たちもいた。そして、それはもちろんライカー
たちが悪戯のために用意したヌイグルミなどではなかった。ここはそういう生き物たちが進化
の帰結として生息している世界だ。
 ピートはまだ知る由もなかったが、ここは
 テオ
 と呼ばれる世界だった。

(つづく)




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